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最高裁判所大法廷 昭和24年(そ)4号 判決

主文

原判決中被告人が皇民実践協議会中央委員及び生活局長であったことを認めるに足る証拠がないと判断した部分を破棄する。

理由

檢事総長の非常上告申立の理由について。

昭和二十四年二月二十三日奈良地方裁判所が被告人に対する昭和二十二年勅令第一号違反被告事件につき所論の理由で無罪判決の言渡をしたこと並びにその判決が確定したことは所論のとおりであり、また、被告人は右判決の言渡前昭和二十二年四月十一日内閣総理大臣より皇民実践協議会中央委員及び生活局長の任にあったという理由で、同年閣令内務省令第一号別表第一の三の1に該当するものとして、同年勅令第一号に基き同令第四条の覚書該当者と指定され、從って、被告人が同会の中央委員及び生活局長の任にあったという事実は追放機関によって確認されたことは一件記録(昭和二十四年七月十二日内閣総理大臣監査課長証明書参照)上明らかなところである。そして一九四八年(昭和二十三年)二月四日連合国総司令部から、最高裁判所長官宛に「好ましからざる人物を公職より排除することは、一九四六年(昭和二十一年)一月四日附最高司令官の指令(覚書)により要求せられているということ、その指令を履行するための機構並びに手続は最高司令官の承認を得て作られたということ、総理大臣は、その指令に從い取るべき一切の行爲につき最高司令官に対して直接責任を負担しているということ、最高司令官は、これに関する事項を一般的に政府の措置にまかしているがこれに関する手続の如何なる段階においてもこれに介入する固有の権限を保留しているということ、その結果として日本の裁判所は前述の指令の履行に関する除去又は排除の手続(以下追放手続と略称する)に対しては裁判権を有しないということ」の指摘を受けたことも所論のとおりである。

元来、前記昭和二十二年勅令第一号の第一六条第一項第一号違反事件については、同二十一年一月四日附覚書第一七項(本指令所定の一切の調査表、報告書若しくは申請書の故意の虚偽記載又は此等の中に於ける充分且完全なる発表の懈怠は降伏条件の違反として連合国最高司令官之を処罰することを得べし更に日本帝国政府は右の如き故意の虚偽記載又は不発表に対し日本裁判所に於て日本法律に依り適当なる処罰を爲すに必要なる一切の規定を爲し且必要なる起訴を行うものとす)により、日本の裁判所が審判権を有すること明白である。そして、同号には「第七条第一項の調査表の重要な事項について虚偽の記載をし又は事実をかくした記載をした者」と規定されているから、同号違反事件の審判をするには、日本の裁判所は、当該調査表の事項が重要な記載事項に属するか否か、該事項が調査表記載当時存在していたか否か、被告人が調査表記載当時該事項が存在しない虚偽のものであることを認識しながら敢て虚偽の記載をしたか否か又は記載当時該事項が充分且つ完全に存在することの認識を有しながら敢て不完全且つ不充分に発表して事実をかくした記載をしたか否か等犯罪構成事実の存否を審判する権限をも有するものといわなければならない。しかのみならず、調査表は、公職追放手続の資料として、その手続の初頭に提出されるのを普通とし、從って前記勅令の第一六条第一項第一号違反の犯罪は、追放前に成立するものであり、且つ、その記載事項は、追放に該当する事項に限定されるものではなく、また、追放は、調査表以外の資料をも審査し調査表に記載されていない事由に因っても行われるものであるから、同事件においては日本の裁判所は、追放手続そのものには関係なく、専ら調査表につきその記載当時における前示犯罪構成事実の有無を審判すべき筋合である。

しかるに、論旨は、前示指摘における「追放手続」の範囲に関し、一旦追放機関により追放指定を受けたときは、日本の裁判所は爾後覚書該当者の指定そのもののみならず更に遡って追放手続すなわち覚書該当の理由となった事実、本件についていえば被告人が皇民実践協議会の役員乃至要職に就任した事実に対してもこれが存否を認定することの権限を有しないものと解釈すべきであると主張する。因って前記連合国総司令部の指摘の趣旨を審究するに、追放は、前示一九四六年一月四日の覚書を履行するために行われる特別な行政処分であって、日本国憲法の枠外にある冷厳な処分であるから、これが手続一切はその初頭たると中途たると結果たるとを問わずすべて日本の裁判所の権限外であり、從って、その手続の結果追放処分が行われたときは、その処分の根拠が真実であるか又は充分であるか等処分の根拠の有無を審理することは日本の裁判所の権限内にないものと解すべきである。從って、論旨はその理由あるものといわなければならない。

しかし、日本の裁判所は、前記違反事件において、追放機関が追放の根拠として認定しない換言すれば覚書該当の理由としない調査表の記載事項について、その存否を認定する審判権限を有すること明らかである。また、覚書該当の理由となった事実であっても、これに対する被告人の主観的認識の有無については審判権限を有するものと解さなければならない。なぜなら、若しかかる主観的認識の有無についての審判権限を有しないものとすれば日本の裁判所は犯意なき者を罰する機関に過ぎないことになり刑事裁判の本質に反するからである。

そして、本件では檢察官の起訴は、被告人が皇民実践協議会の政治局委員であり同会の東京都小石川地区責任者であったというのであり(参考記録七六丁参照)、また、追放理由は、前述のごとく同会の中央委員並びに生活局長の任にあったというのであるから、原審奈良地方裁判所が右追放理由となっていない政治局委員及び小石川地区責任者であったか否かの公訴事実を審判してこれが証明がないとの理由で無罪を言渡したのは権限内の行爲であって、もとより正当である。ただ檢察官の起訴しない且つ追放の理由となった同会の中央委員及び生活局長であったという点をも公訴事実の範囲内に包含せしめこの点についての被告人の主観的認識の審理範囲を超えて檢察官公訴のごとき実践協議会の役員乃至要職に就任した事実はこれを確認するに足る証拠がないと判断した部分は、日本の裁判所の権限外の行爲であるから、失当であるというべく、從って、原判決中のこの部分のみは、これを破棄しなければならない。但し、旧刑訴五二一条によりこの破棄の効果は被告人に対し何等の効果をも及ぼすべきものではない。

よって、旧刑訴五二〇条に從い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官真野毅の補足意見を除き裁判官全員一致の意見によるものである。

右真野裁判官の本件に関する補足意見は、昭和二十三年(れ)第一八六二号、同二十四年六月十三日大法廷判決(判例集三巻七号九七四頁)において述べた補足意見のとおりである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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